ぶんぐっデイ

文具が好きです。気持ちを残せるから。

手帳は「書く」だけのツールではない。

手帳に「書く」ことを義務化すると、辛くなるかも。

 

「手帳を活用しよう!」と決めて、お値段も安くはない手帳を買ってしまうと「書かなきゃ…」と思ってしまったことはないですか?手帳を始めた頃の僕にはそんなモヤモヤがあったので、今日はそんなことを書いてみようと思います。

 

僕は今となっては、手帳やノートに何かを書く時間が半分趣味にもなりつつあるので、楽しみでもあります。しかし、始めた頃には「こんな高い手帳とかノートを買ったのだから、何か意味のあることを書かなくては」と、逆にストレスになったりもしました。

書かない日があってもいい。

手帳に書く気が起きない時は、無理に書かなくてもいいです。今日は手帳をかばんにしまったまま寝ちゃう。そんな日もいいじゃない。ヒトだもの。

 

例えば手帳を2万円で購入したとしよう。仕事でもっと成長したくて買ったとしよう。

ある日仕事で落ち込むことがあった。こんな日に「どうしてこうなったのか、きっとあのときのあの対応、もう少し早くフォローをしておくべきだった。そうすれば…、いや、それだけでは不十分だ。俺の確認も不足していた。」と書き込めば、次同じ状態は避けられる可能性が増える。でも、今日は振り返る気持ちになれない。このまま寝ちゃいたい。でもカバンの中の手帳が言う「こんなときこそ、俺に書きなよ。成長したかったんだろう?」と。

「ぐぅ…書く…か…」とダメージを喰らいながら書く。でも筆が進まない。「俺には、、使いこなせない…のか…?」

そうして、手帳は鞄の底の住人へ。出張のときには、その重さ故に机の底にしまわれるのだった。。。

 

悲しいですね。悔しいですね。手帳使いこなせると思ったのにね。

でもね、安心してください。手帳にはね、何でも書いていいんですよ。全然意味のないことを書いても良い。

この厚みの中には、くだらないこともたくさん。

僕の手帳を見返せば「足首部分だけ温める靴下ないの?靴の中は蒸れないし、血管多い足首が温められるしいいのでは?もしかして、すごいひらめき?」って書いてました。後で知ったんですが、レッグウォーマーってやつがあるらしいですね。へぇ〜。

 

ね?見返してみると「くだらな!」って楽しめるんですよ。つまり何が言いたいかというと、毎日書くばっかりじゃなくていいです。読むだけ、眺めるだけでもいい。

こう思うと、手帳を鞄から取り出したり、開いたりするハードル下がりませんか?開くハードルが下がると、作業興奮が働いて書くハードルも下がるのです。


つまり、開きたくなる手帳にすれば勝手に開く。そのためには、真面目なことばかりじゃなくて、くだらないことも書いちゃっていいんです。だって自分だけの手帳なんだから。


それと、手帳は常に使わなくてもいいです。「せっかく買ったのに」って気が引けるんでしょう?でもね、炊飯器なんて数万するけど、常にはつかわないでしょ?うどん食べたい時は使わないじゃないですか。

冷蔵庫だって手帳より高いことが多いけど、開きっぱなしにはしないし。開くって動作は手帳と同じなのに。つまり、金額じゃないわけですよ。手帳も同じで開きたいときに開けば良いのです。元を取るとか考えるから辛くなる。

 

手帳は「知識用の冷蔵庫」。そこにアイデアをストックしておく。アイデアは温めるものだからちょっと例えが反対だけれど。知識はいつまでも腐らない。
たまに開いてあげたら、すぐに使えるときもある。場合によっては調理の代わりに、アイデアの組み合わせが必要だったりするわけですね。

 

というわけで、手帳の使い方は書くだけじゃなく、見返したり眺めたりもあるんですね。小腹空いたときの冷蔵庫のように。なんかないかなーなんて。

 

冷蔵庫でたとえ続けると、何も入ってない冷蔵庫は開かないですよね。
だからまず何かをいれる。思いついたらくだらないこともメモっておいて、あとで手帳に書き写す。イデアに飢えたら、なんかないかなーみたいな。

 

はい。冷蔵庫のたとえそろそろ終わります。正直に申告すると、ちょっとハマりました。


暇になった時、「あのときあの人が言ってた映画見てみよ」とか書いてあったらラッキーですよね。「気になってたあれ調べてみよ」とかね。

 

というわけで!書かなきゃいけないと思ってしまいがちな手帳ですが、見返すだけの時間があってもいいと思います。